8月20日配信 スポーツニッポン
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080820-00000045-spn-ent&kz=ent
2000年3月に解散した女の子4人組「SPEED」が復活する。日本テレビ「24時間テレビ31 愛は地球を救う」(30日午後6時30分)に全員で出演、ライブを行う。これまでも期間限定で2度再結成ライブを行っているが、今回は来年以降も活動する完全復活。ボーカルの今井絵理子(24)は長男(3)の聴力障害を公表。「子供にライブを見せることができてうれしい」と喜んでいる。
絶頂期の電撃解散から8年。平均年齢13・5歳でデビューし、次々と音楽界の最年少記録を塗り替えた伝説の少女たちが平均25歳の大人になって再び結集する。
きっかけは「24時間テレビ」のプロデューサーからの提案。99年に番組パーソナリティーを務めた4人は、全身の筋肉が衰えていく難病「脊髄(せきずい)性筋萎縮症」と闘う野尻由依さん(21)と出会い、その後も個々に交流を続けてきた。由依さんが昨年、成人式を迎えたため、4人そろって再会しようと番組側が企画。久しぶりに全員がそろうのなら再結成ライブもと内容が発展していった。
この企画にすぐに賛同したのが、唯一ママになっている今井。長男の礼夢(らいむ)くんに聴力障害があることを公表し「ママの声を聞くことができないわが子にSPEEDとして歌を届けたい」と決意。メンバーもその思いに共感した。
五行歌スナイパー
SPEED、再デビューでも24才ですか、若いですねえ。
SPEEDは、デビュー当時、
島袋寛子 小6
今井絵理子 中1
上原多香子 中2
新垣仁絵 中3
SPEED現在
島袋寛子 24歳
今井絵理子 24歳
上原多香子上原 25歳
新垣仁絵 27歳
でも、SPEED、今、再結成する意味はあるんでしょうか?
SPEEDは、子供があの高い声域で、必死で歌ってたからこそ人気があったんだと思いますね。今はもうあんな声は出ないでしょうね。
SPEED再結成で一番美味しいのは、今井絵理子さんでしょうか。
他のメンバーは、添え物かなあ。
今井絵理子さんは、障害持つ子がいますから、講演会活動なんか、これからやっていくんでしょうね。
ボヤキ五行歌
忘れちゃいけない
SPEEDOは
今が旬
オリンピックで
レーザーレーサー見たでしょう
それにしても、SPEEDOは・・・SPEEDって、売れてたよね。
SPEEDは、
出身地 沖縄
ジャンル J-POP
職業 歌手グループ
活動期間 1996年8月〜2000年3月
2001年10月〜12月
2003年4月〜12月
レーベル トイズファクトリー(1996年8月〜2000年3月、2001年10月〜12月)
SONIC GROOVE(2003年4月〜12月)
事務所 ヴィジョンファクトリー(VISION FACTORY)
共同作業者 伊秩弘将
水島康貴
影響 TLC
メンバー
島袋寛子 リードボーカル / ダンス
今井絵理子 リードボーカル / ダンス
上原多香子 ボーカル / ダンス
新垣仁絵 ボーカル / ダンス
表・話・編・歴
SPEED(スピード)は、日本の女性4人組のボーカルダンスグループ。1990年代後半を代表する女性アイドルグループでもあり、『STEADY』『Go! Go! Heaven』『Wake Me Up!』『ALL MY TRUE LOVE』などヒット曲を多数残し、『White Love』、『my graduation』は大ヒットを記録。その頃にリリースされた曲は次々とミリオンセラーとなり、数多くのCMにも抜擢されて社会現象にもなった。2000年3月31日に解散。その後、2度の再結成を果たし、2008年に3度目の再結成をすることが決定した。主な音楽プロデューサーは伊秩弘将。
SPEEDメンバー
島袋寛子 (しまぶくろ ひろこ、hiro、1984年4月7日 A型)
今井絵理子 (いまい えりこ、elly、1983年9月22日 O型)
上原多香子 (うえはら たかこ、1983年1月14日 A型)
新垣仁絵 (あらかき ひとえ、HITOE、1981年4月7日 AB型)の4人。
いずれも沖縄アクターズスクール出身。
SPEED 島袋寛子
メンバー最年少。メインヴォーカルを担当。突き抜けるような高音が特徴。最年少とは思えない受け答えでよく「しっかり者」と言われていた。年上の上原がいつも甘えていたほどである。が、一方で何事にも真剣に考え悩む一面があり、精神的な“もろさ”も持ち合わせていた。 性格が非常に真面目で「正義感が強い」「自分の心に嘘つかない」等コメントも真面目なものばかり。グループ解散後はポップスの他、ジャズ、また歌手活動以外にも、映画やミュージカルにも挑戦している。
SPEED 今井絵理子
メインヴォーカルを担当。パンチのある歌声で特にアップテンポの曲でリーダーシップを取っていた。ライブを盛り上げるのがうまく元気で「ステージの人」とも言われる。 人一倍仕事熱心で、仕事に関して自分にも他人にも厳しかった。何でも自分が納得できるまでチャレンジし、きつい事でも率先してやっていた。時にはやる気の見えないメンバーに激怒したこともあったという。自分の仕事が少なくてムシャクシャしていたというエピソードも今井らしい。また、解散に対して唯一消極的で(メンバーそれぞれの道を尊重したものの)できればしたくないとしていた。グループ解散後は歌手の他に女優としても活動。
SPEED 上原多香子
ダンス&コーラスを担当。美人なのに天然ボケで、おしゃべりで甘えん坊で、誰でも話しやすい雰囲気を持っていた。 そんな上原を島袋は「全てを調和する存在」と評価、振付師の中尾有里も「飄飄としていたけど、おとなしい寛子をいつも引っ張っていたのも多香子。グループのバランスを図っていたしっかり者」と称賛を惜しまなかった。なお、上原は島袋とよほど気が合うのか、TVなどでじゃれ合う姿が目立っており、ファンやスタッフの間で“仲良しコンビ”と専らの評判だったが、 その一方で島袋と今井、島袋と新垣は(仲が悪いわけではないが)互いに年齢や性格、仕事の関係上、やや話しづらかったと語っていた[1]。 グループ解散後は歌手・女優・CMモデルと、タレントとして幅広い分野で活動している。
SPEED 新垣仁絵
メンバー最年長。最年長ということもあり、グループのリーダーである。メンバーの意見をまとめたり、料理を作ったり、宿題の点検をしたりするなど、まるでメンバーの母のようであった。SPEEDではダンスとコーラスを担当していたが、中でもダンスのセンスはグループ髄一で与えられた振りを崩して自分流にアレンジしていた。 性格は「怒ると怖い」ということ。初期の頃、今井と些細な事から大喧嘩して以来メンバーに「怒らせると怖い」という認識を植えつけてしまったという(自称SPEEDの“裏ボス”だと語っていた)。一方でオヤジギャグを連発するなどお茶目な一面も見せており、リーダーとして、あるいはメンバーの一人として、二つの顔をうまく使い分けていた。グループ解散後はファッションデザイナーやイラストレーターとして活躍。
SPEED 来歴(1992〜2000 誕生〜解散)
SPEED 1992年〜 SPEED誕生
1992年〜1995年(詳しい期間は不明)
『BRAND-NEW KIDS』として活躍。
今井がメインのユニットでSPEEDメンバー4人、沖縄を中心に活躍中のCHIHARU、台湾を中心に活躍中の千田愛紗含む8人組のユニットだった。
1995年
春先、『沖縄アクターズスクール(以下OAS)』応接室に呼ばれる。
4人揃ってデビューの誘いを受ける。
10月 17日、4人が沖縄から初上京する。(3日間)
東京でのレッスンが開始された。
11月 11日、日本テレビ系の音楽番組『THE夜もヒッパレ』に初出演。
4人でのテレビ出演はこれが初めてとなった。
12月 2日、日本テレビ系『THE夜もヒッパレ』に出演。
グループ名を番組内で公募する。
1996年
1月 13日、『THE夜もヒッパレ』でグループ名が『SPEED』に決定する。
候補の中には、沖縄出身ということで「琉球ガールズ」「ハブとマングース」「スーパーモンチッチ」等の名前があった。その中で最終候補として残ったのが、「沖縄チャキチャキ娘」と「SPEED」の2つ。 英語表記での候補名は「SPEED」だけであった。
なお、この日がSPEEDの正式結成日とされている。
20日、ラジオ初収録。
『斉藤一美のとんカツワイド』(文化放送)で初めてラジオ番組にゲスト出演。
23日、『UP to boy』初登場。
4月 29日、『Body & Soul』のレコーディング開始。
6月 1日、CM撮影。
4人にとって初のCM撮影。アニメーションとの合成だったため、ブルーバックでの撮影に初挑戦した。
7月 22日、『Body & Soul』幻の発売日。
SPEED 1996年8月〜 CDデビュー、一躍人気グループへ
1996年
8月 5日、1stシングル『Body & Soul』発売。
某日、メンバーが東京に引っ越す。
9月 1日、メンバーが、都内の小中学校に編入する。
島袋が品川区立第四日野小学校に、他の3人が品川区立日野中学校に編入した。
17日、『OAS』を卒業する。
10月 〜1998年9月、『BAD BOY』の広告展開。
SPEEDが、『BAD BOY』のイメージキャラクターとして起用される。
6日、初レギュラー番組日テレ「アムロ今田きっとNO.1」出演開始。
安室奈美恵司会のトーク番組で、初のスタジオ収録のバラエティ番組に出演。
13日、『ハイ!SPEEDで行こう!』スタート。
SPEEDのラジオ番組『ハイ!SPEEDで行こう!』(ニッポン放送)がスタート。
11月 18日、2ndシングル『STEADY』発売。
12月 6日、『第29回日本有線大賞』新人賞受賞。
31日、『レコード大賞』新人賞受賞。
TBS系『第38回輝く!日本レコード大賞』で、『BODY & SOUL』が新人賞を受賞した。
SPEED1997年〜 デビュー1周年、ファーストライブ開催
1997年
3月 島袋・品川区立第四日野小学校卒業。
新垣・品川区立日野中学校卒業。
ファンクラブ『SPEED SPIRITS』発足 。
3日、第34回ゴールデン・アロー賞音楽新人賞受賞。
5日、『第11回日本ゴールドディスク大賞』BEST 5 NEW ARTIST賞受賞。
26日、3rdシングル『Go! Go! Heaven』発売。
4月 島袋・品川区立日野中学校入学。
25日、1st写真集『SPEED』発売。
ワニブックスより出版。撮影は加納典明。
5月 21日、1stアルバム『Starting Over』発売。
21日、渋谷タワーレコードにてシークレットミニライブを敢行。
アルバム発売記念として渋谷タワーレコードの屋上で500人を前にシークレットミニライブを敢行し、シングル曲を何曲か披露した。
7月 20日、『SUPER LIVE '97 in YONAGO』出演。
26日、『Jam Jam '97 in atema』出演。
30日〜31日、1stライブ『Starting Over from ODAIBA』開催。
お台場で初の本格的なライブを行う。2DAYS、2万枚のチケットが発売開始からわずか1時間で売り切れになり、まさにプレミアムライブとなった。2日間で2万人を動員した。
8月 5日、デビュー1周年。
6日、4thシングル『Wake Me Up!』発売。
7日、トリビュート・アルバム『DANCE with YOU』発売。発売記念ライブを行う。
作詞家・阿久悠のトリビュートアルバム。SPEEDほか全7組のアーテイストが 、阿久作詞の1970年代のヒット曲をカバー。SPEEDが歌ったのはピンク・レディーの『ウォンテッド (指名手配)』と『サウスポー』の2曲。
8日、『篠原ともえとお友達ライブ』出演。
“お台場祭り”にて、篠原ともえの友達としてライブにゲスト出演。
9日、『KIT POP HILL '97』出演。
12日、『志度テアトロンSUPER LIVE '97』出演。
13日、神戸〜鳴門ルート全通記念『Awaodori Live Carnival Super Live '97』出演。
19日、RKB毎日放送『もも缶スペシャルサマーライブ』出演。
20日、静岡朝日テレビ開局20周年記念『FEEL THE BEAT SUPER LIVE '97』出演。
23日、RADIO BERRYリスナー招待LIVE『MIDSUMMER LIVE』出演。
24日、千葉マリンスタジアム『SUPER J-POP '97 at MARINE STADIUM』出演。
31日、『信州SAKU音楽祭』出演。
10月 15日、5thシングル『White Love』発売。
11月 19日、ビデオ『SPEED First Live Starting Over from ODAIBA』発売。
19日、『FBC開局45周年記念ライブ』出演。
29日、『全日本有線放送大賞』吉田正賞受賞。
よみうりテレビ系『第30回全日本有線放送大賞』で、『White Love』が吉田正賞を受賞した。
12月 13日、この日までに『第30回日本レコードセールス大賞』シングル部門でのゴールデン賞(2位)受賞が決まる。
売上金額は39億円を記録した。(大賞は安室奈美恵で41億円)
また、同日付のビルボード誌の表紙にSPEEDが登場。4ページにわたる特集が組まれた。
21日、LD『SPEED First Live 〜Starting Over from ODAIBA〜』発売。
22日、インターネットライブ『SPEED Interactive Live in Christmas』開催。
午後7時から9時までインターネットライブを開催し、大きな注目を集めた。1ヵ月後にまとめられた最終集計によると当日1日のアクセス数は世界82カ国から774万件、瞬間同時アクセス数は3,300ストリームに達したという。この記録的な数字は『ネット上の世界新記録』としてギネスへの申請が検討されるほどだった。また、国内では当時のネット人口800万人のうち200万人が視聴、一部が同時中継された地上波放送では関東地区で午後8時44分、瞬間最高視聴率21.4%を記録した。
31日、『レコード大賞』優秀作品賞受賞。
TBS系『第39回輝く!日本レコード大賞』で、『White Love』が優秀作品賞を受賞した。
31日、『第30回日本レコードセールス大賞』シングル部門でゴールデン賞(2位)受賞。
31日、『NHK紅白歌合戦』初出場。
NHK『第48回紅白歌合戦』初出場でトップバッターを飾る。歌ったのは『White Love』。
SPEED 1998年〜 ミリオンセラー連発、トップアーティストへ
この年に発売した3曲は全てオリコンで首位を獲得した。
1998年
1月 12日、映画『アンドロメディア』主演決定。
2月 18日、6thシングル『my graduation』発売。
3月 上原・品川区立日野中学校卒業。
4日、『第12回日本ゴールドディスク大賞』BEST POP ALBUM OF THE YEAR受賞。
18日、ビデオ『SPEED VIDEO CLIPS「SPEED SPIRITS」』発売。
23日、映画『アンドロメディア』クランクイン。
4月 上原・渋谷区東京都立代々木高等学校(現在は廃校)夜間部入学。
5日、『全国交通安全パレード』でパニック。
警視庁実施の春の全国交通安全運動に参加。原宿・表参道のオープンカーでのパレードでは、約4万人のファンが殺到しパニックになった。
29日、2ndアルバム『RISE』発売。
6月 27日、2nd写真集『SPEED in アンドロメディア』発売。
7月 1日、7thシングル『ALIVE』発売。
10日、『金曜テレビの星 独占SPEED特集』放送。
TBS系「金曜テレビの星」で、バラエティ初のSPEED特集が放送された。
11日、全国松竹系映画『アンドロメディア』公開。
メンバーが映画初出演にして主演を務めた映画。全国で85万人を動員した。監督は三池崇史。
18日〜10月10日、初の全国ツアー『SPEED TOUR 1998 RISE』開催。
史上最年少で東京ドーム・大阪ドーム・ナゴヤドーム・福岡ドームの4大ドームでのツアーを行った。11カ所20公演で約30万人を動員した。
8月 5日、デビュー2周年。
5日、サウンドトラック『アンドロメディア』発売。
映画『アンドロメディア』のオリジナルサウンドトラック。ミリオンセラーとなった主題歌『ALIVE』ほか、同曲の別バージョン<悲劇のテーマ><ユウのテーマ><舞のテーマ><Music Box>を含む全17曲が収録されている。これもプロデュースは伊秩弘将。
10月 28日、8thシングル『ALL MY TRUE LOVE』発売。
11月 2日〜、『バレーボール世界選手権』サポーターに抜擢。
『1998バレーボール世界選手権』のオフィシャルサポーターを務める。
14日、3rd写真集『SPEED YES,LOVE! make a rising』発売 。
11月21日、『全日本有線放送大賞』よみうりテレビ特別賞受賞。
よみうりテレビ系『第31回全日本有線放送大賞』で、『ALL MY TRUE LOVE』が特別賞を受賞した。コンスタントなCD売上と、テレビでの活躍が認められての受賞となった。
12月 4日、『日本有線大賞』有線音楽優秀賞受賞。
TBS系『第31回日本有線大賞』で、『ALL MY TRUE LOVE』が有線音楽優秀賞を受賞した。
5日、『第11回日刊スポーツ映画大賞』新人賞受賞。
12日、この日までに『第31回日本レコードセールス大賞』シングル部門でのゴールデン賞(2位)受賞が決まる。
売上金額は44億円だった。(大賞はL'ArcenCielで58億円)2年連続で大賞を逃すこととなったが、2年間の総売上金額・83億円は全歌手中トップだった。
16日、ベストアルバム『MOMENT』発売。
21日、ビデオ『アンドロメディア』発売。
本格的な演技は初めてだったSPEEDの主演映画『アンドロメディア』のビデオ化。初回限定特典として写真集がついていた。
31日、『レコード大賞』優秀作品賞受賞。
TBS系『第40回輝く!日本レコード大賞』で、『ALIVE』が優秀作品賞を受賞した。
31日、『第31回日本レコードセールス大賞』シングル部門でゴールデン賞(2位)受賞。
31日、『紅白歌合戦』出場。
NHK『第49回紅白歌合戦』に2年連続出場。去年と同様にトップバッターを飾った。歌ったのは『ALL MY TRUE LOVE』。
SPEED1999年〜 メンバーソロ活動本格スタート
この年に入ると、個人でドラマや映画などに出演するなどメンバー個々の活動が本格化してきた。メンバーが次々とソロ作品を出していき、SPEEDの9thシングル『Precious Time』から上原、hiroのソロシングル、「24時間テレビ」のチャリティーパーソナリティなど多彩な活動が目立った時期であった。
1999年
1月 9日、『SPEED NEW YEAR'S CONCERT』開催。
“お正月ツアー”と銘打った'99年1発目のスペシャルライブをビックパレット福島で行った。
14日〜15日、『SPEED 1999 SPECIAL LIVE』開催。
沖縄コンベンションセンターで、凱旋ライブを行った。地元の沖縄での初ライブとあってメンバーも「生まれ育った沖縄でライブをやれてすごくうれしかった。」「客席ほとんどがメンバー関係者だった。」などと語っている。
20日、ビデオ『SPEED TOUR RISE IN TOKYO DOME』発売。
98年10月9日に東京ドームで行われたライブを収録した2本目のビデオ。『RISE』のオープニングで始まり、『ALL MY TRUE LOVE』『my graduation』などのヒット曲を収録。18万本のセールスを記録した。
2月 17日、9thシングル『Precious Time』発売。
3月 SPEEDのアルバムがシンガポールのヒットチャート「SPVA」で日本人歌手史上初のトップ10入り。
今井・品川区立日野中学校卒業。
ドラマ『L×I×V×E』制作発表。
今井、新垣が初の連続ドラマ『L×I×V×E』(TBS系)に出演。その制作発表では初ドラマにかける意気込みを語った。
ドラマ『蘇える金狼』制作発表。
上原が出演する日本テレビ系ドラマ『蘇える金狼』の制作発表。香取慎吾らと並んで初ドラマレギュラーの感想を語った。
3日、『第13回日本ゴールドディスク大賞』SONG OF THE YEAR賞受賞。
25日、上原多香子 1stシングル『my first love』発売。上原がソロデビューしたファーストソロマキシシングル。ダンス重視の上原だったが、SPPEDメンバーで1番早い単独ソロデビューとなった。プロデュースはЯ・K works。
4月 今井・私立八雲学園高等学校入学。
9日〜、TBS系ドラマ『L×I×V×E』オンエア。
今井は吹奏楽部をまともなクラブに立て直そうとする部員役で、フルート担当。新垣は名サックスプレイヤーを熱演。
17日〜、日本テレビ系ドラマ『蘇える金狼』オンエア。
上原は茂義コーポレーション会長・茂義賀津夫の唯一人の孫娘で、決められたレールでの人生を送っていた女子高校生役を演じた。
5月 12日、『L×I×V×E』オリジナルサウンドトラック発売。
ドラマ主題歌にもなっていた八反安未果の『SHOOTING STAR』ほか伊秩弘将率いるガーデンズの『約束の場所へ (ENGLISH VERSION)Candles in the Rain』『Holiday』など全19曲。全曲を伊秩弘将、水島康貴のSPEEDサウンドメーカーコンビが担当。
19日、10thシングル『Breakin' out to the morning』発売。
19日、上原・全国東映系映画『ドリームメーカー』稽古合宿&クランクイン。
この映画の撮影が日本テレビ系ドラマ『蘇える金狼』と重なってスタート。
6月 SPEEDのアルバム『MOMENT』がシンガポールのヒットチャート「SPVA」で日本人歌手史上初の1位獲得。
(また、どの作品か定かではないが、SPEEDのアルバムは同国のプラチナディスクに認定されている)
2日、ビデオ『アンドロメディア スペシャルプライス』発売。
30日、HITOE'S 57MOVE 1stシングル『INORI』発売。
新垣がHITOE'S 57MOVE名義でソロデビューしたファーストソロマキシシングル。SPPEDメンバーでは2番目に早い単独ソロデビューとなった。
7月 仁絵ブランド誕生。
新垣がデザインしたTシャツなどが、全国の専門店で販売開始された。
12日、島袋・ドラマ『天国のKiss』にゲスト出演。
島袋が、1stシングル『AS TIME GOES BY』が主題歌となっていた日本テレビ系『天国のkiss』の第1回放送にゲスト出演した。
16日〜9月23日、全国ツアー『SPEED TOUR 1999 REAL LIFE』開催。
全国ツアー『SPEED TOUR 1999 REAL LIFE』が、『広島サンプラザホール』を皮切りにスタート。これで2回目の全国ツアーとなった。12カ所24公演で約15万人を動員した。
8月 5日、デビュー3周年。
18日、hiro 1stシングル『AS TIME GOES BY』発売。
島袋がhiro名義でソロデビューしたファーストソロマキシシングル。SPPEDメンバーでは3番目に早い単独ソロデビューとなった。
21日、サウンドトラック『天国のKiss』発売。
主題歌『AS TIME GOES BY』のストリングスバージョンなど、劇中で使われた楽曲の数々を収めたドラマオリジナルサウンドトラック。伊秩弘将が作曲した『AS TIME GOES BY』以外は、上田知華のサポートメンバーとして知られるチェリストの溝口肇が手がけた。ほかに『天国のKiss(Main Theme)』など、インスト楽曲を全19曲収録してある。
21日〜22日、『24時間テレビ』チャリティーパーソナリティ。
日本テレビ系『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』のパーソナリティを務めた。新垣はチャリティーTシャツのデザインも手がけた。
28日〜30日、『Final Summer Dream Stage at MARINE STADIUM'99』出演。
夏の『千葉マリンスタジアム』で行った野外ジョイントライブに出演。安室奈美恵、MAXらとともにステージを飾った。
9月 上原・全国東映系映画『ドリームメーカー』プレミアム試写会出席。
東京の会場では高熱を出してしまった上原は、予定されていたライブをやむなく中止した。
29日、上原多香子 2ndシングル『Come close to me』発売。
上原のセカンドソロマキシシングル。前作に引き続きЯ・К worksが手がけた。
SPEED 1999年10月〜 突然の解散宣言、4人から一人一人へ
1999年
10月 5日、『SPEEDが2000年3月31日で解散する』との発表がある。
そもそもSPEEDはソロデビューには若すぎたため結成されたグループであり、初めから解散は決まっていた。
《OAS校長はグループのデビューにあたり解散後のソロ活動に向けて今からすべきことを個別にアドバイスしていたが、これも特殊な結成が故のことである。(詳細は1997年の「沖縄アクターズスクール公式ガイド」に掲載)》
こうした背景から事務所社長はメンバーの動向を見つつ解散時期をずっと探っていた。その中で1997年には「翌年の全国ツアー終了後に解散しようと思う」と関係者に語る段階にまで話が進む。この案は「ソロの準備期間が必要」との考えもあり却下されたが、その時の表情はとても真剣で決して冗談ではないことを伺わせていた。
1998年夏、「時期が来た」との判断により、メンバーに解散を勧告。その後、ソロ活動が活発になってきた1999年の春から具体的な話し合いに入り、何度も話し合った結果、解散発表の1ヶ月ほど前に決定の運びとなった。発表は10月中旬に設定され、それに沿った準備が進められていく。しかし、10月6日発売の週刊誌に解散の記事が載る事が判明したため、海外に出ていた事務所社長は緊急帰国し発表の前倒しを決意、急遽週刊誌発売の前日となる5日に会見が行われた。
突然の解散原因は、上に記した6日発売の週刊誌に「島袋(当時中学生)の男性問題が原因」と書かれた事が発端となり各メディアでも報道されたが、これに対し事務所側は正式に報道を否定。さらに当の島袋本人もいくつかの動きをみせる。まず男性タレントとの関係については解散会見上で友達と説明。それを示すかのように2000年3月発売の『セブンティーン』誌上では自発的に友達として登場させた。なお、母親にも友達として会わせているという。(1999年10月『女性自身』内の母親インタビューより)そして一連の報道に関しても『SPEED駆け抜けた青春(2000年1月放送)』『hiro素顔でMelody Fair』第1回放送分で否定。特に後者では最近嬉しかった事として「落ち込んでいた自分を、とある喫茶店で出会った女性が励ましてくれた事」を挙げ、間接的に否定を強調するかたちとなった。
突然の解散宣言に日本中は騒然となった。解散発表会見が行われ、会見席上で4人は「決して悪い意味ではなく、前向きな解散です」と淡々と語った。テレビではテロップ付きのニュース速報として流され、会見終了後の夕方にはNHKを含め各局でトップ級のニュースとして放送された。また、解散は海外にも波紋を呼び、実現はならなかったが台湾では訪台の署名が行われ、後にレコード会社に署名が届けられるという事態にまで発展した。
23日、全国東映系映画『ドリームメーカー』公開。
病に倒れる役どころを演じた上原。今井はレンタルCD店のお客として登場している。
11月 NHKハイビジョン放送のPRキャラクターに起用される。
3日、11thシングル『Long Way Home』発売。
なお、今作をもってシングルの総売上が1000万枚を突破。当時3年3ヶ月での達成は歴代6位、11枚目での達成はMr.Children(9作)、安室奈美恵(10作)に次ぐ歴代3位のスピード記録だった。また、アイドルグループとしてはピンク・レディー、SMAPに続いての達成、女性グループとしてはピンク・レディーに続いての達成となった。
12日、『天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典』出席。
天皇即位10年を祝福する『天皇陛下御即位十年をお祝いする国民祭典』にYOSHIKI、安室奈美恵、GLAY、らとともに出席。
20日〜12月25日、『SPEED DOME TOUR 1999 REAL LIFE』開催。
東京ドーム・大阪ドーム・ナゴヤドーム・福岡ドームの4大ドームツアーを行った。約21万枚のチケットは3時間ほどで完売になった。4カ所5公演で約21万人を動員した。
関東最終となる東京ドームには安室奈美恵、宇多田ヒカル、松坂大輔など各界の著名人が駆けつけた。
20日、『全日本有線放送大賞』ゴールドリクエスト賞受賞。
よみうりテレビ系『第32回全日本有線放送大賞』で、『ALIVE』がゴールドリクエスト賞を受賞した。この時、ナゴヤドーム公演でのライブがそのまま中継された。
12月 13日、『第32回日本レコードセールス大賞』が発表される。
99年のシングル売上は22億円で8位、シングル部門での3年連続受賞(3位以内)こそ果たせなかったが、97年〜99年の総売上は105.3億円を記録。期間中に100億円の大台を突破したのはSPEED、GLAY(105.5億円)の2組だけだった。
22日、3rdアルバム『Carry On my way』発売。
ラストオリジナルアルバムを発表。『Precious Time』『Breakin' out to the morning』『Long Way Home(Album Edit)』ほか全14曲を収録。
31日、TBS系『第41回輝く!日本レコード大賞』出演。
31日、『紅白歌合戦』出場。
NHK『第50回紅白歌合戦』に3年連続出場。第1部最高となる視聴率55.5%を記録した。歌ったのは『my graduation'99』。
2000年
1月 3日、ラジオ「ハイ!SPEEDで行こう!」(ニッポン放送)でSPEEDが「あなたの卒業式をプロデュース」という企画が発表される。
1月21日、4th写真集『SPEED RUNS, Our Graduation』発売。
主婦と生活社より出版。撮影は平間至、佐藤靖彦、長谷部達也、藤沢謙。『SPEED DOME TOUR 1999 REAL LIFE』のライブ模様、リハーサル風景、バックステージの様子と、4人それぞれのファイナルライブへの想いがつづられた1冊。
2月 14日、本『ハイ!SPEEDで行こう!』発売。
ラジオ『ハイ!SPEEDで行こう!』(ニッポン放送)でのトークを文章にして、本にまとめた1冊。他にも『名言集』や、『素朴な疑問』などが含まれている3年間の歴史がつまっている。
15日、本『SPEEDスピリッツ 1335DAYS』発売。
16日、hiro 2ndシングル『Bright Daylight』発売。
解散宣言後、ソロ作品発売のトップバッターとなった島袋のセカンドマキシシングル。資生堂『ティセラ ダンスダンスダンス』CMソング。
23日、ラジオ『ハイ!SPEEDで行こう!』(ニッポン放送)で、卒業式のプロデュース校が練馬区立富士見台小学校に決まる。
3月 島袋、品川区立日野中学校卒業。
1日、ビデオ『SPEED FINAL DOME TOUR REAL LIFE』発売。
SPEEDのラストライブとなったドームツアー『SPEED DOME TOUR 1999 REAL LIFE』の模様を収録。白熱のステージングのほかにも、バックステージの4人の素顔やリハーサル風景などの映像も収録。
3月15日、『第14回日本ゴールドディスク大賞』BEST POP ALBUM OF THE YEAR受賞。
15日、Eriko with Crunch 1stシングル『Red Beat of My Life』発売。
今井がEriko with Crunch名義のファーストソロマキシシングル『Red Beat of My Life』でソロデビュー。ボーカル重視の今井だったが、SPPEDメンバーで1番遅い単独ソロデビューとなった。
24日、プロデュース校の練馬区立富士見台小学校で卒業式が行われる。皆で『my graduation』を合唱したり、メンバーからのメッセージが流されたりした。また、記念品として特製腕時計『THE MEMORIAL OF SPEED'S GRADUATION』が卒業生全員に配布された。こうして、1月から動き始めた企画は幕を閉じることとなった。
25日、5th写真集『LEGEND of SPEED BEST MEMORIAL BOOK 1995-2000』発売。
ワニブックスより出版。主に『UP to boy』、『Wink up』、『COOLTRANS』掲載写真が中心となっている。SPEEDの4年間の歴史を年代別に分け、年表風に紹介した1冊。
26日、事務所社長がラジオ番組で解散後の再結成を発表。
これは、例えば年に1度など限定的に再結成することを示した発表である。「お客さんが寂しがっている部分もあるでしょうから。」「実はこれが初めての発表で本人たちにもまだ話していない。」などと語っていた。
29日、ベストアルバム『SPEED THE MEMORIAL BEST 1335days Dear Friends 1・2』発売。
解散を記念して発売されたベストアルバム2枚。1stシングル『BODY & SOUL』から11thシングル『Long Way Home』までの全シングル曲の他に、人気曲・未発表曲・新曲を前期と後期に分けて収録。
1998年12月に発売されたベストアルバム『MOMENT』と収録曲が重複しないようなつくりとなっている。この2作をもってアルバム総売上が800万枚を突破。女性グループとしては初めての達成となった。
31日、テレビ朝日の『ミュージックステーション』にてファイナルライブ開催。
約20分間・全9曲(ALL MY TRUE LOVEから始まりBody&Soul、White Love、Long Way Home、Luv Vibration、Breakin' out to the morning、Go! Go! Heaven、STEADYと来て最後はStarting Overで締め括った。)をメドレー形式で熱唱。なお、収容人数500人に対し、全国から16万通もの応募が殺到し当選確率は32000分の1だった。
3月31日、SPEED解散。
解散までの活動期間は結成日から数えて4年2ヶ月(1519日)、CDデビューからは3年7ヶ月(1315日)だった。期間中にはシングル11枚(1058万枚)、アルバム6枚(821万枚)の計17枚 《1879万枚・当時歴代20位(女性歌手7位)》、ミュージックビデオ4本(57万本)をリリース。これらを合わせたトータルセールスは386億円にのぼった。(数字はオリコンの推定値。女性歌手は男女混合ユニットおよびZARDを対象外としている)
SPEED 2000年4月〜 解散後の動き
2000年
9月 27日、ビデオ『SPEED SPIRITS U』発売。
SPEEDのセカンドビデオクリップ集。『ALIVE』から『Long Way Home』までの全シングルと、『Carry On my way』『April-Theme of “Dear Friends”-』を加えた全7曲のプロモーションビデオが収録されている。
27日、DVD『アンドロメディア』発売。
SPEEDの主演映画『アンドロメディア』のDVD化。SPEED初のDVD化作品となった。
27日、上原・DVD『ドリームメーカー』発売。
上原多香子の出演映画『ドリームメーカー』のDVD化。
12月 20日、DVD『SPEED SPIRITS COMPLETE』発売。
SPEEDのサードビデオクリップ集。ビデオ『SPEED SPIRITS』と『SPEED SPIRITS U』の収録曲を全て1枚のDVDにまとめたもの。ほかにもCM集などがついている。
SPEED 来歴(2000〜 その後)
解散後はそれぞれソロ活動を行っているが、前述の社長の発言通り度々再結成されている。(現在までにチャリティライブのため2度行われた) 再結成の話にやや抵抗のあるメンバーもいたが、解散したグループがあえて指名された事、一人の人間としてチャリティの部分を受けとめた事から心の整理がついたという。 関係者は「再結成はメンバーのスケジュールとタイミング次第」としており、今後も不定期的な再結成が行われる予定となっている。
SPEED 2001年10月〜12月 一度目の再結成
2001年
10月 6日、震災からの復興をアピールする『See阪神・淡路キャンペーン』目玉イベント『淡路夢舞台スーパーフラワーズライブ2001』の初日に登場。一夜限りの再結成を果たした。震災にあった淡路の子供たちから「彼女たちの歌で励まされた」「元気な姿に勇気づけられた。立ち直った姿を見て欲しい」などの声が自治体や兵庫県に寄せられ、兵庫県が出演を強く根強く要請。事務所側も充実したソロ活動に絡めて「感謝、出発というテーマもピッタリでぜひ協力したい」とこれを快諾、実現に至った。ライブでは元気な歌声、ダンスを披露。2万4000人の観客を沸かせた。なお、この「淡路夢舞台スーパーフラワーズライブ2001」の収益金2000万円は当初、震災被災者への義援金に充てられる予定だったが、半分の1000万円は発表直後に起こったアメリカ同時多発テロ事件被災者への義援金に急遽変更された。又、後に発売された関連CDの収益金の一部はアフガニスタンの難民支援義援金として寄贈された。
12月 12日、スペシャルシングル『One More Dream』発売。
ファンからの熱い要望を受け、事務所はキャンペーンソングとして新たに作られたこの曲をシングルとして10万枚限定で発売した。希望と祈りが込められている、とても暖かいメロディーの1曲に仕上がっている。またこのシングルは、公式には12thシングルではなく、スペシャルシングルとされている。カップリング曲は『White Love(New Recording)』『One More Dream 〜願い〜』。
19日、ライブアルバム『SPEED MEMORIAL LIVE “One More Dream” + Remix!!!』発売。
SPEEDが一夜限りの復活を果たした兵庫県淡路島でのライブを収録した初回限定アルバム。大ヒット曲連発の躍動感溢れるステージがそのまま伝わってくる、まさに『One More Dream』なライブ+リミックスを3曲収録している。なお、本作品の収益の一部は日本ユニセフ協会を通じ難民支援のために寄贈された。
31日、形としては、この日で一度目の再結成は終了ということになっている。
SPEED 2003年4月〜12月 二度目の再結成
2003年
4月 8日、『Save the Children 一緒に始めよう』キャンペーンのメッセンジャーとして集結することを発表。2001年12月以来、1年4か月ぶりの2度目の再結成となった。全国13万人動員のチャリティツアーを行うなど全国に募金を呼びかけた。ファミリーマートやライブ会場での募金に加えチャリティライブ、CD、関連商品などから集まった寄付金は総額1億4644万5469円(12月1日現在)。実行委員会の予想をはるかに超えるものだったらしく効果は絶大であった。寄付金は世界の子供たちに向けての啓蒙事業などに充てられた。
8月 27日、シングル『Be My Love』発売。
9月 18日、DVD『SPEED First Live 〜Starting Over from ODAIBA〜』、『SPEED TOUR RISE IN TOKYO DOME』発売。
10月 22日、DVD『SPEED SPIRITS I』、『SPEED SPIRITS U』発売。
11月 27日、シングル『Walking in the rain/Stars to shine again』発売。
27日、アルバム『BRIDGE』発売。
『Be My Love』『Walking in the rain/Stars to shine again』ほか全13曲を収録。
12月 25日、ライブDVD『Save the Children SPEED LIVE 2003』発売。
31日、形としては、この日で二度目の再結成は終了ということになっている。
2004年
1月 9日、写真集『BRIDGE』発売。
2月 11日、ライブアルバム『BEST HITS LIVE〜Save The Children SPEED LIVE 2003〜』発売。
SPEED 2004年〜2008年8月 主な動き
2006年
8月 デビュー10周年記念サイト『SPEED 10th Anniversary』開設。
デビュー10周年を記念して、TOY'S FACTORYが『SPEED 10th Anniversary』を開設した。竹内美保によるコメントのほか、デビューから一度目の再結成時までに発売された全シングル・アルバムの解説と収録楽曲の視聴(Instrumentalを除く)などのコンテンツがある。
5日、デビューから一度目の再結成時までに発売された全シングル・アルバムの収録楽曲が着うたにて配信開始。
『うた@トイズファクトリー』を始めとする3つのサイトで(『レコード会社直営』では16日から)、デビューから一度目の再結成時までに発売された全シングル・アルバムの収録楽曲(Instrumentalを除く)が着うたにて配信開始された。
2007年
7月 再結成した訳でないが、中越沖地震の際には、『読売愛と光の事業団』を通し、4人の連名で義援金を寄付した。
2008年
8月 5日、デビューシングルから1stアルバムまでの全楽曲が着うたフルで配信開始。(1週目)
SPEEDデビュー12周年記念として、『レコード会社直営フル』よりデビューシングル『Body & Soul』から1stアルバム『Starting Over』までの全楽曲(Instrumentalは除く)が着うたフルで配信開始された。
13日、楽曲が着うたフルで配信追加。(2週目)
『レコード会社直営フル』より4thシングル『Wake Me Up!』から2ndアルバム『RISE』までの全楽曲(Instrumentalは除く)が着うたフルで配信追加された。
20日、楽曲が着うたフルで配信追加。(3週目)
『レコード会社直営フル』より7thシングル『ALIVE』から11thシングル『Long Way Home』までの全楽曲(Instrumentalは除く)が着うたフルで配信追加された。
SPEED 2008年8月〜 三度目の再結成
2008年
8月 20日、三度目の再結成発表。
2003年12月以来、4年8か月ぶりの3度目の再結成となった。きっかけは『24時間テレビ』のプロデューサーからの提案であった。1999年に同番組パーソナリティーを務めた際に知り合った難病を持つ女の子が昨年成人式を迎えたため、4人そろって再会しようと番組側が企画し内容が発展していった。この企画を聞いた今井が番組側に長男に聴力障害があることを打ち明け番組出演を希望し、今井自ら他の3人に出演を直訴した。
31日午後4時から日本武道館で再結成宣言をしミニライブを行う模様が、番組内にて放送される。
SPEED エピソード
特徴
ユニット名の由来
メンバーの今井絵理子が短距離走を得意とし、50mを7秒台で走るという瞬足であったため。
デビュー
東京にある月島の『上州屋』というもんじゃ焼きのお店はSPEEDがデビューしてまだ間もないころ、毎週のように訪れていた。このお店にはSPEEDの写真が飾ってあったりした。『解散直前!!SPEED』という番組で、SPEEDが解散前にミュージックステーションで行われるラストライブの話し合いをするためにも訪れた。『解散直前!!SPEED』では、SPEEDが過去にミュージックステーションに出演した際の映像などが放映された。
東京の謎
SPEEDが上京して間もないころ、沖縄では電車がないので、東京で電車に乗ろうとすると迷子になることが多かった。SPEEDのメンバー全員は「渋谷などで、なぜ地下鉄は地下にはなく、上にあるのか」が疑問だった。必ずハチ公前に出てしまっていたらしい。
渋谷などに買い物に行っても、ファンに追いかけられて買い物ができないことが多かった。だがメンバー全員「追われるのが面白い」、「スリルがある」と言って、追いかけられるのを当時は楽しんでいるようだった。それからはメンバーが2人以上で行動しているとファンに追いかけられるため、4人で買い物に行く際も集合場所と集合時間を決めて、4人バラバラで買い物をしていた。
明確だった役割分担
SPEEDは主に島袋、今井…ボーカル重視、上原、新垣…ダンス重視というスタンスを採っており個々の存在意義がハッキリしていた。
なお、例外として、新垣と上原がメインボーカルを務めた“ライブでのみ披露され未だCD化されていない楽曲”「リトルワールドへようこそ」等がある。
歌唱形態はユニゾンヴォーカル
SPEEDの歌唱形態は基本的には、シングル・アルバムの楽曲ほとんどが、今井絵理子と島袋寛子のユニゾンや二人の掛け合いの歌唱形態であり、バックコーラス(重唱)とバックボーカルの多くは、Melodie SextonとLeon Danielの2人である。これについてプロデューサーの伊秩弘将は「ユニゾンの方があの時期の少女のパワーとメッセージがよりストレートに伝わると信じていた」と説明している。
隠れたヴォーカル!?男女の黒人コーラス
SPEEDが憧れるミュージシャンに黒人コーラスグループ「TLC」がいる。その影響なのか大半の曲に男女の黒人コーラスが採用された。一部の曲ならまだしもここまで全面的に押し出すのは極めて稀。しかもコーラスだけに止まらずソロパートまでもが多数存在する。(事実、デビュー曲「Body & Soul」の出だしと終わりは黒人パートである)もはやヴォーカルメンバーと言われても何ら不思議はない。
SPEEDのPV
海外でのロケ撮影のものが多く、1stシングル『Body & Soul』のPVもサンフランシスコで撮影され、メンバーは初の海外旅行を経験した。おもなロケ地は以下の通りである。
Body & Soul・・・・サンフランシスコ、ロサンゼルス
Go! Go! Heaven・・・・ニューヨーク、マイアミ
Wake Me Up!・・・・フィリピン
ALL MY TRUE LOVE・・・・アリゾナ
Precious Time・・・・ロサンゼルス
SPEEDは一度、脱走事件を起こしたことがある。仕事でロサンゼルスからハワイに行く時、ロサンゼルスがすごく楽しくて、ロサンゼルスの空港でメンバー全員で逃げようと空港の外に出て行ったが、「帰って来い」と言われてメンバーは素直に戻って行った。
SPEEDはデビュー当時、よくミーティングを行っていた。喧嘩になることもしばしばあったが、次の日などには反省してまた仲直りしていた。(メンバー全員談)
番組出演
SPEEDがHEY!HEY!HEY!に出演した時、トーク中にダウンタウンの松本人志に頭を叩かれ、驚いた新垣が泣いてしまうという出来事があった。それから毎回SPEEDが出演する際に妙な空気が漂うことが多くなり、その事件後に番組からの配慮からかメンバーの位置を変えたりしたりしていた。新垣はSPEEDが解散するまでずっとこの出来事を引きずっていた。解散前のSPEEDとして最後に出演した際の『SPEEDが選んだHEY!HEY!HEY!思い出のVTR・BEST5』というコーナーではこの事件が堂々の1位になった。今井がソロで出演した時、ダウンタウンに「夏のツアーに来てください」と誘い、渋っていたため、松本に「仁絵ちゃんもいますよ」と言ったところ、松本は「僕は仁絵ちゃんのこと大好きなんですけど、仁絵ちゃん、僕のこと大嫌いですからね」とぼやいていた。
SPEEDは沖縄出身のため、雪を知らなかった。だが『これが日本の正月だ』という番組で、札幌北広島プリンスホテルファミリースキー場にて、初めて雪を体験した。
主な支持層は同世代の少女達
SPEEDは主に同世代の少女達に人気を博した。CD購入者は女性が中心、ライブでは黄色い声援が飛ぶ「新世代アイドル」と呼ばれた。従来のガールズユニットのコンサートはそれなりに女性の支持を得ている歌手でも現場では親衛隊が図太い声でコールを送るという光景が恒例化していたがスピードに限ってはそれが見られなかった。そのため、芸能界では近年、SPEEDのファンだったという芸能人が続々とデビューしている。矢口真里、中島美嘉、ソニン、ベッキー、後藤真希、川嶋あい、上野樹里、松浦亜弥、石原さとみ、長澤まさみ、新垣結衣、堀北真希、玉置成実、上原奈美、リア・ディゾン、Perfumeなどが有名で、その中でも矢口、ソニン、後藤、上野、松浦、新垣、玉置、上原、PerfumeはSPEEDに影響されて芸能界に入ったという。またリア・ディゾンは初めて手に取った日本のCDがSPEEDのCDで、それをきっかけにJ-POPを聴くようになったという。いずれも同世代かやや下の世代の少女達でSPEEDがこれらの世代に与えた影響力は計り知れない。
呼び名
SMAPの中居正広などからは時々、四姉妹(新垣→「長女」、上原→「次女」、今井→「三女」、島袋→「四女」)と呼ばれていた。(うたばん出演時)本人たちもたびたびブログなどで使っている。他にもメンバーそれぞれにニックネームがあり、島袋は「宇宙人(可愛い宇宙人のイメージ:今井談)」や上原の「うーちゃん」などがあった。とくに有名だったのが今井の「みかん星人(当時はみかんが好物で、1日約50個食べたこともあったため)」や、新垣の「腰振りマン(ダンスのときによく腰を振っていたため名づけられた:メンバー全員談)」などである。
解散後
2006年3月15日放送の世界仰天ニュース内で女子高生100人に「初めて買ったCDは何ですか?」というアンケートが実施された。そこで発表された5位までにSPEEDの曲が3曲ランクイン。当項目を象徴する結果となった。
1位「White Love」23人、2位「硝子の少年」10人、3位「STEADY」6人、4位「Body & Soul」5人、5位「だんご3兄弟」4人 〈補足〉
現役時代とソロ活動開始時の所属レコードはトイズファクトリーであったが、現在はそれぞれ、エイベックスに所属している。
SPEEDという英語の語源は成功・繁栄という意味であり、彼女たちはまさに「名は体を現す」存在であったといえる。
SPEED ディスコグラフィ
SPEED Single
● … 8cmCD ● … 12cmCD
発売年 発売日 シングル カップリング
● 1996年 8月5日 1st Body & Soul I Remember / Body & Soul (Hand Bag Mix)
● 11月18日 2nd STEADY HAPPY TOGETHER
● 1997年 3月26日 3rd Go! Go! Heaven 「おやすみ・・・・・」
● 8月6日 4th Wake Me Up! 熱帯夜
● 10月15日 5th White Love ナマイキ
● 1998年 2月18日 6th my graduation Brand-New Weekend
● 7月1日 7th ALIVE Up To You!
● 10月28日 8th ALL MY TRUE LOVE 冷たくしないで / Eriko with Crunch
見つめていたい / hiro
● 1999年 2月17日 9th Precious Time 季節がいく時
● 5月19日 10th Breakin' out to the morning アダムとイブ
EVERYDAY, BE WITH YOU / ERIKO with CRUNCH
● 11月3日 11th Long Way Home 泣いてもいいよ
Confusion
● 2001年 12月12日 One More Dream
(※スペシャルシングル) White Love (New Recording)
● 2003年 8月27日 12th Be My Love 朱夏
● 11月27日 13th Walking in the rain
/Stars to shine again Be My Love (X'mas version )
White Love (2003 live memorial)
( CCCD規格: Be My Love / Walking in the rain / Stars to shine again / Be My Love (X'mas version ) / White Love (2003 live memorial) )
SPEED Album
Original
1997 / 05 / 21 Starting Over
1998 / 04 / 29 RISE
1999 / 12 / 22 Carry On my way
2003 / 11 / 27 BRIDGE (2回目再結成時リリース)
Best
1998 / 12 / 16 MOMENT
2000 / 03 / 29 SPEED THE MEMORIAL BEST 1335days Dear Friends 1
2000 / 03 / 29 SPEED THE MEMORIAL BEST 1335days Dear Friends 2
アルバム曲(全39曲)
● Starting Over ● RISE ● Carry On my way ● SPEED THE MEMORIAL BEST 1.2 ● BRIDGE
● Walk This Way / Luv Vibration / RAKUGAKI / サヨナラは雨の日… / Kiwi Love / Starting Over
● RISE / Sophistcated Girl / Another Sweet Field / ラブリーフレンドシップ
Reset 99 to 00 / Too Young / I'll be all right / Street Life
● Carry On my way / 蒼いリグレット / Deep Blue&Truth / Luv Blanket / Snow Kiss
You are the moonlight / Lookin' for Love / Two of us / Eternity / Don't be afraid
● コケティッシュDreamin’ / My Loney Habit / Back to the Street -リトルワールドへの想い-
Secret Eyes / April ~Theme of “Dear Friends”
● Cryin' / Need Your Hands,Tonight / WAY TO GO! / Bridge to Heaven / KISS
君とまた逢える日を / Still Blowing / 華 / 四ツ葉のクローバー / WITH...
Live
2001 / 12 / 19 SPEED MEMORIAL LIVE “One More Dream” + Remix!!! (1回目再結成時リリース)
2004 / 02 / 11 BEST HITS LIVESave The Children SPEED LIVE 2003 (2回目再結成時リリース)
Soundtrack
1998 / 08 / 05 映画「アンドロメディア」オリジナルサウンドトラック (主題歌のALIVEやオルゴールversionなど全18曲収録)
SPEED VIDEO ・ DVD
Live
1997 / 11 / 19 ・ 2003 / 09 / 18 SPEED First Live Starting Over from ODAIBA
1999 / 01 / 20 ・ 2003 / 09 / 18 SPEED TOUR RISE IN TOKYO DOME
2000 / 03 / 01 ・ 2003 / 09 / 18 SPEED FINAL DOME TOUR REAL LIFE
2003 / 12 / 25 Save the Children SPEED LIVE 2003
Clip
1998 / 03 / 18 ・ 2003 / 10 / 22 SPEED VIDEO CLIPS「SPEED SPIRITS I」
2000 / 09 / 27 ・ 2003 / 10 / 22 SPEED VIDEO CLIPS「SPEED SPIRITS II」
2000 / 12 / 20 SPEED VIDEO CLIPS「SPEED SPIRITS COMPLETE」
Movie
2000 / 09 / 27 アンドロメディア
SPEED 写真集
1997 / 04 / 25 SPEED
1998 / 06 / 27 SPEED in アンドロメディア(映画撮影のメイキング写真集。撮影合間の写真や映画の台本が収められてある)
1998 / 11 / 01 4SPEED YES,LOVE! make a rising
2000 / 01 / 21 SPEED RUNS, Our Graduation(ラストツアーの写真集。メンバーの手形が収められてある)
2004 / 01 / 09 BRIDGE
SPEED 単行本
2000 / 02 / 14 ハイ!SPEEDで行こう!
2000 / 02 / 15 SPEEDスピリッツ 1335DAYS(結成から解散までの道のりが漫画(全てカラー全97ページ)で収録されてある。)
2000 / 03 / 25 LEGEND of SPEED―BEST MEMORIAL BOOK 1995‐2000(5年間の活動の模様を収録した公式ガイドブック)
SPEED ラジオ
1996 - 1997 - 1998 - 1999 - 2000 ハイ!SPEEDで行こう! (ニッポン放送)
SPEED 出演
SPEED バラエティ
1995年8月〜1999年2月 「THE夜もヒッパレ」 SPEED
1996年10月6日〜1997年9月28日 「アムロ今田きっとNO.1」 SPEED
SPEED テレビドラマ
1999年 「L×I×V×E (TBS)」 今井絵理子 新垣仁絵
1999年 「蘇える金狼 (日本テレビ)」 上原多香子
1999年 「天国のKiss (テレビ朝日)」 島袋寛子
SPEED 映画
1998年 「アンドロメディア (松竹)」 SPEED
1999年 「ドリームメーカー (東映)」 上原多香子
SPEED CM
日清シスコ「シスコーン」「ダイエットシスコーン」
アサヒ飲料 三ツ矢サイダー「さわやかぶどう・レモン・グレープフルーツ」
ロート製薬「ロートZi:リセ」「キャンパスリップ」
資生堂「ティセラ エンジェルドロップ」
日清食品「日清焼きそばU.F.O.」
セイコーエプソン「カラリオ」
明治製菓「きのこの山・たけのこの里」「クリフ」「フーア」「ダンス」「手作りチョコレート」
KFC「ピザハット」
NTT「タイムプラス」「テレチョイス」「わくわく新生活フェア」
ECC英会話「ECCジュニア」
日本放送協会「NHKデジタルハイビジョン」
SPEED タイアップ
日清シスコ「シスコーン」CMソング / Body & Soul
テレビ朝日系ドラマ「イタズラなKiss」主題歌 / STEADY
アサヒ飲料・三ツ矢サイダー「さわやかぶどう」「さわやかグレープフルーツ」CMソング / Go! Go! Heaven
ロート製薬「ロートZi:リセ」CMソング / Wake Me Up! / アダムとイブ
資生堂「ティセラエンジェルドロップ」CMソング / White Love
日清食品「日清焼きそばU.F.O.」CMソング / my graduation / ナマイキ
EPSON「スーパーカラリオ」CMソング / Brand-New Weekend
松竹系映画「アンドロメディア」主題歌 / ALIVE
TBS独占放送・1998年バレーボール世界選手権テーマソング / ALL MY TRUE LOVE
EPSON「カラリオ」CMソング / Precious Time
フジテレビ系ドラマ「アフリカの夜」主題歌 / Breakin' out to the morning
東宝系映画「ドラえもん のび太の宇宙漂流記」主題歌 / 季節がいく時
KFC「ピザハット:ナポーリオ」CMソング / I'll be all right
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
"http://ja.wikipedia.org/wiki/SPEED" より作成
スポンサードリンク


